2010年7月6日火曜日

信貴山

日曜日に、信貴山に行ってまいりました。


ケーブルカーに乗りました。
そういや関西って、ケーブルカーが、街のすぐ近くに何本もあるなぁ…と思いました。

ここのケーブルカーは、踏切があります。
いったい誰が通るんだろうという細い山道に警笛だけの踏切が2カ所ありました。ケーブルから見えた、大阪平野の絶景が素晴らしかった。


銀河鉄道999のを思い出すほどの急勾配。
ちなみに、画像はないけど、帰りの時はちょうど夕方で、大阪湾から播磨灘にかけて、海がオレンジ色に光っていて言葉を失うほど綺麗だった。


ケーブルカーの駅からバスに乗って信貴山に到着。

巨大な虎のオブジェが・・・・。

本堂からは、大阪から反対側の奈良盆地が見渡せた。

ただ、ここのお寺さんは有名寺院かもしれないが、職員の態度悪すぎ。平気で煙草スパスパすうし、参拝者を待たせるし、言葉もぞんざい過ぎる。他の参拝者に、たばこを吸いながら眼下に広がる風景の説明(というか衒学趣味による知識自慢?)をしていたのを聞いていたのだが、しょっちゅう奈良をウロウロしていて詳しい私にから言わせれば、かなりいい加減なことを言っていた。

特に私の怒りを買ったのは、寺宝を展示してある霊宝殿(宝物殿)での出来事。霊宝館にの前に、国宝として超有名な信貴山縁起絵巻が展示あると紙が貼ってあったのある。

こ、こ、これはスゴイ!!

ぜひ観たいと、窓口で入場料300円を払った後、受付のオッサンは展示品レプリカだと言いやがった。詐欺である。中に入ったら、本物は奈良国立博物館にあると貼ってあった。また、この窓口のオッサンも、言葉使いが悪すぎなのである。

怒りプンプンで帰ろうと境内をバス停へと歩いていたら、坊さんや職員が、賽銭箱をあけて両手ですくう様にジャラジャラ音をデカイ音を鳴らしてバケツ(?)に小銭を収納し始めてた。霊場に来て、世俗のいらしさを感じさせるほど参詣者に不愉快なことはない。

この寺は、ヤッターマンに出てくるドロンジョの店かよ!!

この寺の地下では、集めた金で、ドクロストーンを探しに行くロボットを作ってんじゃないだろうな・・・。

そういや、でっかい虎のオブジェといい、建物も朱色の極彩色が多くてケバケバしくて、とてもとても、古より有名な霊場とは思えなかった。不満たらたらでいたら、仏罰が当たったのか、バスに乗り遅れて、長時間、人気のないバス停で待つはめになった・・・・。バス停で待っていたら、空港から遠い山の上なのに、飛行機の爆音がうるさい事に気付いた。関空か伊丹か神戸かのどこかに降りる飛行機が、平地と比べ高度差の少ない山の真上の上空を飛んでいるからだ。

2010年7月5日月曜日

関根麻里タンが夢に出てきた



昨日、寝る直前にテレビを見ていたら、関根麻里がテレビに出ていた。はっきりとは覚えてないのだが、夢に関根麻里が出てきた。朝、目覚めたら、パンツ履いてない自分の姿に気付く。いつの間にやらパンツ脱いで寝ていたらしい。

ど、ど、どんな夢をみたんだろう・・・・(;´Д`)ハァハァ


さて…。
今は昔、私が世界史を勉強していた時のこと…。


太平天国の乱(1850年)の首謀者であった洪秀全の肖像画と、麻里タンの父上は、そっくりだったなぁ・・・・ということを思い出した。

2010年7月2日金曜日

火事と鉄道人身事故

近所……というほどでもないが、ちかくの神社の拝殿が全焼した。

昨夜21時半ごろ、燃えていたそうだが、私を含め家族の者は、誰も全く気づかなかった。朝、ゴミを出しに行った、オカンが近所のオバちゃんから聞いてきて初めて家族一同知った。


     《地元ニュースサイトの画像より転載》

原因は、まだ分かってないそうだけど、放火の可能性もあるそうだ。


さて・・・・。

今日は、久々に近鉄に乗った。電車に乗っていた突然、車内アナウンスが鳴り響いた。生の声ではなく、あらかじめ録音された声である。非常時に鳴り響くようになっているんだろう。

『急ブレーキをかけます。急ブレーキをかけます。』

駅と駅の間で急にとまった。今度は、生の車掌のアナウンスが車内に鳴り響いた。

『電車が人と接触しました。電車が人と接触しました。緊急停車いたします。緊急停車し、救助活動と車両点検のため、停車いたします。』

車内が凍りついた。窓の外を見たら、近くに踏切が見えた……。前方の(ちょうど踏みきりぐらいに停まっている)車両に座って、窓の外に見える事故の様子を観察していた中学生ぐらいの子が、真っ青な顔をして、私の座っていた4両目に逃げてきた。その後は、まぁ略します……。


やっと電車が、動き出した時、踏切付近の光景を見ないように目をつぶってました。そのあと、ずっとダイヤが乱れてました。








帰ってから・・・・。

気になってネットで調べてみたら、私の利用している私鉄だけでも、毎月、飛び込み自殺が発生している。1日に2軒あった月もある。朝にわかった神社の火事といい、最近でた自殺者3万人という統計(実数は、もっと多いだろう)といい、世の中、狂い始めているような気がする…。


この国の責任ある人たちは、何をしているんだろうかと思えきてならない。

2010年6月30日水曜日

ドキドキ・・・

本屋で目に留まって、立ち読みしたくても立ち読みする勇気がなかった奴は、私だけじゃないはずだ。

そっち系ではない男性にも、結構、人気がある本らしい・・・・(マジで)。


興味のある方はアマゾンででも。
…と思ってアマゾンで見たら、この手の本が、けっこう出版されている。

ちなみに、アマゾンの嫌なところは、しばらくの間、HPのパーソナル・ページに、自分がチェックしたDVDや書籍が表示されることと、忘れた頃にメールでお知らせが来る事だったりする。。。

2010年6月29日火曜日

アタック25






(たぶん)日本最後の視聴者参加クイズ番組であるアタック25のHPを除いて見た。


クイズそのものよりもパネルの取り方の方が難しい。

HPには、『パネルの達人』なるシュミレーション(?)まであった。実際やってみたら、結構、作法や定石がある事に気付いた。テレビを観ているときは、何気なしに答えだけを考えていたが、結構、ややこしいという事に気がついた。連続回答しているのにいつの間にやら、パネルを喪失している出演者が多いわけだ。




しかし、プレステにまでなっていたとは……。
視聴者は、芸能人が騒いでいるだけの、やらせクイズ番組には飽き飽きしてるということでしょうか???


ちなみに、私は小学生の頃、クイズタイムショック・小学生大会の電話予選まで行った事があります。ハガキを出しておいたら、忘れた頃に、いきなり番組スタッフから電話がかかってきて、クイズを出され、何が何やら分からんままに終わってしまいました。

トンボの幼虫は何と言う?
けん玉の皿はいくつ?


こんな問題を、10問ほど出されましたが、緊張して、ほとんど答えられなかった。こんな問題も解けないのかと、思いっきり、家族に馬鹿にされました。出てもらうことになったら、電話すると言われましたが、あれから幾年月が経ちましたが、いまだにスタッフからの電話はありません・・・・・・。

2010年6月28日月曜日

黒塚古墳

昨日は、『鹿男あをによし』のロケ地になった、「黒塚古墳」と、その横にある「天理市立黒塚古墳展示館」に行ってまいりました。天理市は近いし、しょっちゅう通るので、どこにあるのだろうと思っていたら、前にも寄った事があるサークルKの裏が、古墳と資料館の見学者用の駐車場だった…。

全く気づかなかった。

テレビで見るよりは、遥かに小じんまりした建物であった。
駐車場代&入館料も全く要らない無料施設だから仕方がないか。

テレビと同じアングルで撮った。

館内は意外と暗い。蛍光灯を付けてよ


ドラマの中で、藤原先生役の綾瀬はるかタンが、何度も何度も触った三角縁神獣鏡(一発で漢字変換で来た!)のレプリカ……(;´Д`)ハァハァ


やっぱり、ドラマのポスターが貼ってあった。


古墳に登ってみます。
ドラマ内では、玉木宏(小川先生役)と綾瀬はるかタンが、この前を通って古墳に歩いて行きました。

古墳の頂上から、卑弥呼の墓かと話題になった、箸墓古墳(すぐ近くにある)を眺める。

大和三山である「畝傍山」や「耳成山」を見る。
日本書紀によれば、南九州からやってきたイワレヒコ(神武天皇)が、畝傍山のふもとに宮を建てたというし、藤原京は耳成山付近に作られた。卑弥呼の3世紀と大和王権が成立した5世紀の間にある、謎の4世紀…。
日本では何があったんだろうかロマンが、かきたてられますね。


もっとも、卑弥呼の邪馬台国は畿内ではなく、個人的には南九州にあったと思ってます。何らかの理由で、この辺りにあった王権・・・・古事記や日本書紀に出てくるニギハヤヒやナガスネヒコなどの勢力と統一したという邪馬台国東遷説が史実ではなかったかと思ってます。

2010年6月23日水曜日

鹿男あおによし


『鹿男あおによし』のDVDを借りてきてみている。
いやぁ~、なかなか面白い。

主人公は、実力のある玉木宏に、ヒロインは綾瀬はるかタンだし。日本ドラマ界に寄生し腐食させているジャニタレだったらここまで行かなかっただろう。




とくに、この剣道部員の女の子が気になった。
調べてみたら、藤井美菜という娘らしい。可愛いということもあるが、なかなか演技というか存在感に光るものがあると思う。


さて・・・・。
ドラマの舞台は奈良市内。
近場だから、しょっちゅう行ってるので、親近感を感じますな。

ただ、教師である主人公たちが奈良町のど真ん中にある下宿先から平城宮跡前にある学校まで、徒歩で通っているが、歩いているルートがメチャクチャ・・・・。元興寺の前に住んでるみたいだが、東大寺の南大門って境内通り・・・って、方向が全く逆。何よりも、元興寺前から平城宮跡まで、歩いて通えないって。

まぁ、それはそれで許せるほど面白いので、虚実皮膜の間ということで許す。