2011年4月5日火曜日

この国の終わり





「龍馬がゆく」「坂の上の雲」「功名が辻」「国盗り物語」など、数々の歴史小説を執筆し国民的作家として親しまれていた司馬遼太郎(1923~1996)が、晩年に、よく、こう呟いていたそうである。


『この国(日本)は滅ぶ。』


そして、その後に続けて・・・、


『明治維新の時より、敗戦の時より、状況は悪い。日本という国は無くなってしまうかもしれへん。』

・・・・・とも言っていたそうだ。

新興宗教の教祖様や、怪しげな超能力者ではない。日本の歴史を眺め続け、日本人とは何かを追い求めていた人物が言っているのである。予言や予知といったオカルトの類ではなく、知識と洞察に裏付けられた予測である。

歴史と言えば、この国が、確実な史的資料に記された最古は、西暦57年の、現在の博多付近にあった奴国が、漢の光武帝に朝貢して、有名な『漢委奴國王』の金印を授与された記録(後漢書「東夷伝」)である。もちろん、考古学的資料からすれば、その前に石器時代や縄文時代もあるが、確実な文字記録だけでいうならば、ざっと2000年弱の歴史が、我が国はあると言える。


未曾有の国難に面している、この数週間、よく、この2000年という数字が頭をよぎるのですよ。

・・・・・もしかしたら、2000年の日本の歴史の最後に立ち会っているのではないかという怖気がしてくるのです。

今、テレビなんかで、この国の政界、財界、官界、学会、マスコミ界、スポーツ界のTOPといわれている人たちの発言や行動を見ていたら、なんだか、本当に日本という国は無くなってしまうんじゃないだろうかと思えてきた。国難に当たって、どんどん見え隠れする、チャランポランな言動が怖くて仕方がない。

個々人の有能無能というのもあるが(無能であると思うが)、それを超えた・・・・、何か日本社会全体が犯されてしまっている不治の病の様なものが見え隠れしてきて怖くて仕方がないのである。放射性物質の拡散も怖いけど、そっちの方も怖い。日本の国というのは、もうちょっと頭が良くて責任感がる人たち組織によって運営されていたと思っていたのだが・・・。




いったい、いつから、日本社会と日本人は、こんな風になっちゃったのだろうか?






ふと、浜田省吾の「ライジン・グサン」という歌を思い出した。

2011年4月1日金曜日

半旗



地元の某CATV本社前に掲げられた国旗が半旗になっていた。消防署の前を通ったら、やはり、半旗になっていた。

でも、なぜか、警察署は、半旗になって無かった。

なぜだろう???