
近場の某公園に、生態保存状態で展示されているD51の831号機。いつも前の道を通っているのだが、通過するばかり。
公園の中に入って、D51の近くにまで近づいたのは、実に30年ぶり以上である。


幼稚園に入る以前の幼少のみぎりに、町内会のハイキングで行った以来である。・・・・いや、行ったという記憶さえない。アルバムに写真が残っているだけである。
屋根付き金網付きで保存されているせいか、状態がいい。事前のネット調査によれば、運転席にも入れるみたいな事が書いてあったが、金網に鍵がかかっていて入れなかった。部品を盗む輩とか出るからだろうか?
この近くにある
『関西本線・加太越え』は、
D51の重連牽引とやらでマニアには有名だったそうだとかナントカ。ちょっとネット上で画像を探してきました。
関西本線 加太~関 (1972年撮影)
関西本線 加太~中在家信号所(1973年撮影)
関西本線 柘植 ~加太(撮影年不明)加太越えを調べていたら思い出した事がある。それは、関西本線とSLの妙な思い出・・・というよりも、かすかな記憶の事である。
私が幼稚園に入る以前・・・、まだ、記憶があるかないかのギリギリぐらいの小さい頃、石炭を買いに(ストーブ用かな?)、親が地元の駅に買いに行ったという記憶である。でも、私が生まれた頃には、もうさすがに地元のローカル赤字路線でも、SLは廃止されているだろうと思っていた。石炭を買いに駅に行ったのは、記憶違いだろうと思っていた。
しかし、加太越えの画像を探していたら、まだ
地元ではSLが現役だった事が判明した・・・。
子供の頃(小学生低学年ごろ?)、親が荷物を駅に持っていくのに付いて行ったのは、はっきり覚えている。なので、地元の駅には、まだ国鉄貨物の取り扱い駅であったのは覚えている。
しかし、まさか、
自分がSL世代だったとは思わなかった・・・・・。